プログラマーが小説を書くとき

私は作家としては駆け出しもいいところだが、プログラマーとしては職歴が長く、もうかれこれ十三年ほどこの仕事をやっている。

プログラムと小説、ともに何かを書く仕事ではあるが、実際にやってみると真逆の仕事と言える。
プログラムの場合は、複数のプロジェクトで利用できるように、共通系の処理などは使いやすいようにクラス化してストックしておく。小説でそれをやると、使い回しになる。
プログラムの場合は、オープンソースのコードもどんどん取り入れていく。WAFなどを使っている場合は、プロダクトの半分以上は他人の書いたソースとなることが珍しくない。小説でそれをやると、盗作になる。

なるべく少ない手間で仕様の実現を目指すプログラムと、手間をかけないとどうにもならない小説。両者は性質の全く違う仕事と言えるが、それでも応用できるところはある。私の執筆環境も、幾つかのプログラムが支えている。今回はそれを紹介します。

進捗の可視化:count.php

進捗の可視化はプロジェクトの基本ということで、最も使っているプログラム。機能はこちら。

  • ベンチマーク機能。その日に執筆した文字数を算出し、目標までの文字数をカウント。執筆ペースはデータベース(MySQL)へ保存され、参照できる。
  • バックアップ機能。count.phpを頻繁に実行しているので、そのタイミングで原稿をバックアップ。バックアップ先は、デスクトップ、SDカード、Dropbox、Github、さくらVPSの五箇所。これで突然マシンが壊れても、原稿は安全に保たれる。
  • ついでにモチベーションの上がる格言を表示。

以前はベンチマークは原稿用紙換算で表示していたのだが、会話文を書いている部分と、地の文を書いている部分では、同じ一枚でも文字数が全く違うので、文字数換算で結果を出したほうが安定的に執筆できる。実行するとこのようになる。

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時間の確保:stop.php

私はパソコンで執筆しており、常時ネットに接続されている。なので、ついついネットで無駄な時間を潰さないことが必要になる。人間の意志というのは薄弱なものなので、根性ではなくシステムで対応する。

  • OS Xのcronから、スーパーユーザ権限で毎分実行
  • /etc/hostsを書き換える
  • Twitter、Facebookなどの何時間でも滞在できるサイトを、0.0.0.0へ飛ばす

平たく言うと、私のパソコンからtwitterやfacebookにはアクセスできない。これを解除するプログラムもあるのだが、一時間に五分しか解除できないように制限している。

仕組みの話を。少し技術的な内容になるが、インターネットの世界にはドメインというものがある。
現実の世界では、位置の情報を表すのに、主にふたつの方法がある。「住所」と「緯度・経度」だ。国会議事堂の住所は「東京都千代田区永田町1丁目7−1」だが、緯度経度で示すと「北緯35度40分33.2秒・東経139度44分41.9秒」になる。圧倒的に正確なのは後者のほうだが、人間の脳は、このような意味のない情報を記憶しにくい。そこで、我々の社会生活のなかでは主に住所が使われる。

ドメインとはネット上の「住所」であって、「緯度・経度」にあたるのはIPアドレスと呼ばれる。例えばツイッターは、ドメインで言うと「twitter.com」、IPアドレスで言うと「104.244.42.193」になる。stop.phpでは、この紐づけを強制的に破壊して、twitter.comへアクセスしても0.0.0.0という存在しないIPアドレスに飛ぶようにしている。

雑用プログラムで業務効率化

ほかにも幾つかあるのだが、とりあえずこの辺で。小説を書くこと自体をプログラムを使って短縮することは現状では不可能(将来的にAIの技術が発達したらできるようになるかも)なのだが、それ以外の部分、ルーチンワークの効率化、作業環境の整備などにはプログラムはかなり力を発揮する。プログラマーで作家 or 作家志望のかたも大勢いるかと思いますので、ご参考いただけたら嬉しいです。小説を書かないプログラマーも、雑用ロボットをたくさん作ることで色々捗るかもしれません。

最後に宣伝。
『虹を待つ彼女』という小説が、9/30にKADOKAWAより出ます。横溝正史ミステリ大賞受賞作。
人工知能をテーマにしたミステリで、プログラマーも多々出てきますので、技術者のかたもぜひお読みいただけると嬉しいです。技術的な内容はかなり噛み砕いてありますので、ITに疎いかたで問題なく読めるというご感想をいただいております。書店で見かけたらぜひ手に取ってくださいませ。お近くに書店がないかたは、ネットでもご予約可能です。

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prtimes.jp
www.kadokawa.co.jp

本が出ます。9/30『虹を待つ彼女』

9月30日(金)に、私の処女小説『虹を待つ彼女』がKADOKAWAより発売されます。第36回横溝正史ミステリ大賞へ応募し、大賞をいただいた作品を改題・改稿しての出版です。

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ゲームプログラマーの女性が、自作のオンラインゲームとドローンを連携させ、渋谷でテロ事件を起こし……という冒頭からはじまるミステリです。人工知能をテーマにした小説ですが、ITに疎いかたでも問題なく楽しめるというご感想をいただいております。来週末から順次書店に並びますので、ぜひお探しくださいませ。

www.kadokawa.co.jp

今年は4月に受賞の連絡をいただいてから、この作品の刊行に向けて延々とブラッシュアップをやってきました。

小説を書くというのは個人的な仕事のように見えますが、本質的には全くのプロジェクトワークです。
作家の作業量が多いので私の名前が表に出ていますが、作品の裏には、物語のポテンシャルをぐぐっと引き出してくれる編集者さんがいて、細部をものすごい精度でチェックしてくれる校正者さんがいます。
装画のloundrawさん、装丁の鈴木久美さんには本当に素敵なカバーを作っていただきました。作中少しだけ出てくる方言のチェックは、京都在住の友人に骨を折ってもらいました。多くの資料にお世話になりましたし、広報、宣伝、その他私には見えない現場で大勢のスタッフがこの作品に関わっているはずです。
この作品は私のなかから出てきたものではありますが、そういったチーム、プロジェクトの産物でもありますので、作家としても、チームの一員としても、ぜひお手に取っていただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

prtimes.jp

『シン・ゴジラ』感想(ネタバレあり)

『シン・ゴジラ』を観てきたのだが、すっっっ(中略)っっっげー面白かった。以下ヨタを延々と書きますが、とにかく頭空っぽにして見るだけでもすごい面白いし、延々と考えごとをしながら見ても最高に面白い。日本の怪獣映画のエポックとして、今後334年は刻まれることは確定的に明らか。ネタバレ厳禁の映画でもあるので、ぜひいまのうちに映画館に行ってください。以下ネタバレします!!!

↓↓↓ここからネタバレ↓↓↓

公式サイトにもあるのだけれど、エンドロールが非常に象徴的。役の大小にかかわらず、出演した役者が五十音順にフラットに並べられ、それが延々と流れていく。「ニッポン vs ゴジラ」というコピーが示している通り、この映画には芹沢博士のようなヒーローはいない。日本という機構が、ゴジラという最悪の災禍に対しどのように対応していくかが、粛々と描かれていく。1954年版の初代『ゴジラ』がそうだったように、『シン・ゴジラ』は日本論でもあるのだ。

日本、あるいは近代国家という機構が抱える面倒くさい意思決定システム。前半ではそれが半ばブラックコメディ的に描かれる。ゴジラが上陸してきているのに、防衛出動を閣議で決定しないと自衛隊は一発の銃弾も撃てないし、国会では特別法の立法を進めないといけない。こういう「平和ボケした日本の統治機構に警鐘を鳴らす!」的なお話というのは割とよくあって、これはこれで超面白いのだけど『シン・ゴジラ』の真骨頂はその先にある。

現行政府が壊滅し、臨時の内閣が建てられたのち。今度は機構側の逆襲がはじまる。といっても、自衛隊の跳ねっ返りが法律を無視してオキシジェン・デストロイヤーを抱えてカミカゼ特攻するわけではなく、あくまで内閣府の下に置かれた特命プロジェクトと、シビリアン・コントロールの利いた自衛隊、民間の関連会社、そういったシステムが対応していく。おいおい非常時だろ……。そんなまだるっこしいことしてないで、バンザイ・アタックでもなんでもいいから、なんとかならねえのかよ……などと思う観客をよそに、システムは徐々に機能しはじめる。そして、各自が現場で成果を積み重ねることで、どうにもならなかったゴジラへの対応が、少しずつ現実味を帯びはじめる。

前半ゴジラの侵略をまざまざと許してしまったまどろっこしいシステムが、後半は人間社会のポテンシャルを最大限引き出す装置として輝き出す。この鮮やかな反転! 前者を描いた作品は数あれど、後者にまでこの深度で踏み込んできた作品が、いままであっただろうか。特別なヒーローなどいない。全員が現場で踏ん張り、様々な問題を孕んだ面倒くさいシステムをなんとかかんとか動かすことでしか、ぼくらはゴジラを倒すことができない。『シン・ゴジラ』はそのことを描いている。だから、エンドロールはあのような形になった。

以下雑感をとりとめもなく。

  • よくある社会批判映画になっていないというのもいい。登場人物たちの様々な視点がフラットに配置された映画で、「日本は素晴らしい国です!」的な視点も、「だから日本なんか駄目なんだよ」的な視点もあるのだが、それらは俯瞰的に描かれていて、その視点に塗りつぶされた映画ではない。原発事故後に日本で作られた初めてのゴジラだが、そのこととの関連性も抑制されている。社会に対して何かを言うのではなく、社会そのものを描く。
  • 全般的にリアリスティックな演出が貫かれているのだが、だからこそ要所要所で発揮されるケレン味の部分がアガる。在来線爆弾! とてもバランス感覚のある編集。
  • この映画は過去の資産の捨てっぷりも鮮やかだ。特にいままでの『ゴジラ』シリーズが全くなかったことになっているというのは素晴らしい。ノスタルジーによりかからない、自立した、いまのゴジラをやるという強烈な意思を感じた。
  • 54年ゴジラでは、ゴジラの侵略ルートは東京大空襲のルートと一致するのだが、たぶん今回はそこに意味を持たせていない。こういうところの捨てかたも非常に的確だと思う。オタク的な視点からメタファーを入れ過ぎると、シンプルさが失われる。それでいて、品川では54年『ゴジラ』と同じ、あの地獄の音楽がかかる。伊福部の音楽の引用もとても的確だったと思う。もちろん、54年『ゴジラ』を見ていなくともアガるし、楽しめる。
  • ゴジラ第二形態のあの異様な姿を、ネタバレなしでスクリーンで見ることができて良かった。え? え?と引きこまれた。

『シン・ゴジラ』は、超傑作である54年『ゴジラ』へ対する、素晴らしい返歌だ。作内では日本というシステムがゴジラに対応していくさまが描かれていたが、この映画そのものが、54年『ゴジラ』という巨大な存在に対し、ひとりひとりの人間が総体として戦った過程の結晶のように思える。こんな素晴らしい作品を観せていただいて、本当に、ありがとうございました!